雑司ヶ谷霊園へ文化人・知識人のお墓巡り

田中長徳氏のチョートクブラぱち塾!に参加するようになった影響か、今年はカメラ片手にお写ン歩することに歓びを感じる今日この頃なのです(笑)
すると、これまではあまり興味もなかったお散歩エッセイとやらを読み漁るようになり、気がつくと若い頃にはあまり好きになれなかった永井荷風断腸亭日記とか気になってくるという…(^^;)ハハハ。

そんなこともあって、最近永井荷風にハマりつつあるところでいて。そういえば、永井荷風のお墓って雑司ヶ谷霊園にあるんじゃなかったっけ?とフト思い立ち。

週末大抵うちの小春さんとともに訪れる雑司ヶ谷でも、1年ぶりに雑司ヶ谷霊園の方にいってみることに。

Wikipediaによると41名もの著名人のお墓があるらしく。
でも、今回は永井荷風を初め、文化人系を巡ってみようかなと。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200副都心線雑司が谷駅の看板

うちの小春さんは家で留守番させて(笑)
池袋から副都心線で雑司ヶ谷駅へ。
今回はこの看板の逆方向、雑司ヶ谷霊園を目指します。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200都電荒川線線路沿い

ちなみにこの日は永井荷風にあやかってRolleiflexをぶら下げて。フィルムはKodak Colorplus200を詰め込んでます。
縦構図なのはRolleikinで135mmフィルムを使用しているからでございます。
なので今回は120mmフィルムの上下左右をトリミングした撮ったような135mmなんで、中望遠気味な画角でお届けです(笑)

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園に向かう路地

坂を上がって、雑司ヶ谷霊園脇の路地。
この辺りは池袋の隣町とは思えないほどゆったりとした時間が流れています。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園

雑司ヶ谷霊園内に入ると、なにやら空手の型を演技している親子。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園の案内図

霊園内はこんな感じで番地が振られていて、お墓の番地がわかればテキトーに進んでも辿り着くんだろうな。
とこの時は高を括っておりました…(^^;)ハハハ。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園のベンチ

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園

霊園入り口には休憩所のようなちょっとしたお店も。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園の案内図

さてさて、では改めてお墓巡りを始めましょうか!

雑司が谷霊園永井荷風の墓

最初に目指したのが永井荷風の墓地。
場所は1種1号7側3番ということだったんで、1-1-7を目指しました。
この辺はまぁ〜なんとかまだなりました(笑)
でも、実際目の前にするとこんな感じでお墓の周囲は木々に囲まれていてホントにここ?ここでいぃ〜の??と。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園永井荷風の墓

でも、著名人のお墓にはこのようにプレートが出ているので大丈夫!
ここは確かに断腸亭がお眠りされているところなのです。

雑司が谷霊園永井荷風の墓

入口は人一人通れるくらいのスペースがあり。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園永井荷風の墓

お墓の墓石は至ってノーマルなものでした。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園永井荷風の墓

同じ敷地の隣には御尊父様のモノと思われる墓石があり、その隣に荷風が眠っています。
表面が削られていてほとんど文字が見えなくなってますが、本来は『禾原先生』と彫られていたそうです。

でも、生前荷風は

『余死するの時、後人もし余が墓など建てむと思わば、この浄閑寺の塋域(えいき)娼妓の墓乱れ倒れたる間を選びて一片の石を建てよ。石の高さ五尺を超ゆるべからず、名は荷風散人墓の五字を以て足れりとすべし』

と浄閑寺に埋葬することを願っていたという事なので、荷風の魂は浄閑寺にある筆塚の方にいるんじゃないですかねぇ…。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園

この日の朝は曇りではあったモノの、湿気が酷く、荷風の墓も見たしもう良いかなと思いつつも、せっかくきたンでもっと見て回ろう!と気を引き締め直します(笑)

雑司が谷霊園泉鏡花の墓
次に向かったのは1種1号13側33番。
泉鏡花のお墓です。
泉鏡花というと生まれ故郷の金沢のイメージの方が強かったんですが、活躍して一家を持ったのは東京なんで、お墓は東京なんですね。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園泉鏡花の墓

鏡花も明治、大正、昭和を生きた文豪です。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園泉鏡花の墓

墓石には本名の『鏡太郎』の名前が彫られています。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園小泉八雲の墓

1種1号のエリアは霊園開園当初の区画なんですかね。
この辺りに明治の文化人が集中しているような気がして、1種1号エリアを探索しました。
ということで、お次は1種1号8側35番のラフカディオ・ハーンこと小泉八雲です。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園小泉八雲の墓

小泉八雲というと、小学生の頃に読まされた『耳なし芳一』。
生まれ出でて初めてこのお話で『怪談』というジャンルを知りました。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園の鴉

そんな怪談話の大御所のお墓をお参りして次に進もうと歩いていると、なんか視線を感じるよなぁ〜とおもって振り向くと、そこには墓石に止まった鴉がっ!?!?
ちょっと寒気が走りました…(^^;)ハハハ。

雑司が谷霊園夏目漱石の墓

お次は大物中の大物!
このやたらと仰々しい墓石の主は、お線香台のところに名前が入っちゃってますが、文豪夏目漱石

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園夏目漱石の墓

1種14号1側3番でお休みされていますが、漱石翁って江戸時代の慶応生まれなんですねっ!?

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園夏目漱石の墓

墓石も真っ直ぐの直方体ではなく前面が写真のように傾斜がかかっていたりと、なかなかな風格でございます。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園

辺りの木々からは夏の最終コーナーを曲がり、時の残りを自覚しているのか、蝉の鳴き声が凄まじく、この光景を前にここは一体都心なのだろうか?と錯覚するほど。

雑司が谷霊園竹久夢二の墓

そして、フラフラ迷いながら辿り着いたのが1種8号9側32番、竹久夢二のお墓。

雑司が谷霊園竹久夢二の墓

なんか夢二さんところはスゴいです。豊島区教育委員会の説明書き付き!?なんで夢二さんだけ??

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園竹久夢二の墓

でも、この日有名人から一般人までいろんなお墓を見て回りましたが、この夢二さんのお墓が一番ステキに感じます。
灰と黒の自然石の組み合わせに、墓標となる黒石には『竹久夢二を埋む』とだけ。
手前に供えられている花の色とのバランスといい、こういうのいぃ〜なぁ〜と思いました。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園

こんなところを歩き回っていると、田舎の実家の墓地かっ!?と思ってきます…(^^;)ハハハ。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園ジョン万次郎の墓

最後は南の方まで遠征して、1種15号19側1番。
文化人ではないですが、ジョン万次郎こと中浜万次郎のお墓。

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷霊園ジョン万次郎の墓

やはり江戸のお家だけ有って、風格のある墓石ですね。

多分、ちゃんと霊園の区画を頭に入れて、番地を控えて回れば苦もなく回れるんだろうけど、なにせテキトーに思いついてテキトーにいってしまったモンで、園内をウロウロ彷徨い、必要以上に時間がかかってしまいました…(^^;)ハハハ。
でも、荷風や夢二のお墓参りが出来たのはよかったなと。
ホントは月命日とかに行った方がいいんでしょうけどね(笑)

Rolleiflex2 8F+Rolleikin+Kodak Color Plus200雑司が谷旧宣教師館

そんなこんなで、湿気でフラフラしながら雑司ヶ谷旧宣教使館まで辿り着き、ここのベンチでフィルムの巻戻しやら、一休憩して我が家に戻ったのでした。