泉麻人氏の『東京いい道、しぶい道』をまるまる辿るパクり企画の偽『東京いい道、しぶい道』!
以前も街道が繋がっていて二本連続の『東京いい道、しぶい道』のケースがあったんですが、今回もその連続モノ。
城南エリアもここらで中盤終了か!?という今回は、前回の仲通り・馬込三本松通り編からそのまま道が繋がります。
臼田坂を下ったところから旧池上街道を抜けて池上本門寺の山の西側を抜けるコース。
ということで、もう一本歩いて身体は出来上がってるんで早速続きを始めましょう!(笑)
ちなみに今回のお供カメラも前回同様、デジカメはSony α7ⅡにTAMRON 20mm f2.8 Dilll OSD F050SF、フィルムカメラはRICOH GR1sにKodak ColorPlus200で。
臼田坂を下がりきったところで、
坂下の四つ角を右に入って、もう1人の川端氏、川端龍子の記念館を見学していこう。
と龍子記念館の看板で見えてきます。
そこの路地を入っていきましょう。
ちなみに、川端龍子の『龍子』は『たつこ』ではございません。『りゅうし』でございます(笑)
思っていた以上に立派な川端龍子記念館。
が!?やっぱりご多分に漏れず新型コロナにより休館...(T^T)涙。
この時期、こういうことが起きていたということを後世に残すためにも、ちゃんとブログに残して起きましょう。
門のあたりがどことなく開いていたんで、行けそうな中庭のところまで入り込んでみました...(^^;)ハハハ。
龍子自ら設計した草苑なのだそうです。
そんな川端龍子記念館の前は川端龍子公園として、龍子の旧居を普段であれば公開しているんですが......
こちらも絶賛休館中!?ってかもはや驚きもしません。ガッカリもしません。だよねぇぇぇ〜〜〜という感じです。
人間嫌なことは慣れてやり過ごすイキモノなのです。
ちなみに龍子さんのプレート。池袋モンパルナスの跡もこれくらいちゃんと整備すれば良いンですけどねぇ。
豊島区は文化都市宣言しているくせに、その辺のツメが甘いよな!!
龍子は明治42年に少し海寄りの新井宿に来て以来、他界する昭和41年までこの記念館(旧居は向かい)の地で暮らした生粋の馬込文化人といえる。
そんな生粋の馬込文化人の旧居を少しでもカメラに収めたいと思い、門の上に手を伸ばしてノーファインダーで撮った一枚(笑)
そんな川端龍子公園からの帰り道、マンションのベランダから世界一有名な夢の国の黒鼠さんがっ!?
こんなところでお暮らしだったんですねっ!?!?
そして、また臼田坂の道まで戻ります。
すると錆散らかしたペプシのトタン看板を発見っ!?
もう、何屋かわからないほど荒んだ外観のお店がこちら(笑)
本書で、
この道の途中に見つけた中華料理店の昼飯(ワンタンメンやギョウザ)がとても旨かった。
と書かれていたお店は多分こちらでは無かったですかね?
お昼を期待してたんですけど、こちらも定休日でお休み...(^^;)ハハハ。
ひたすら真っ直ぐ歩いているとようやく大森日赤前バス停が見えてきました。
荏原駅前からひたすら真っ直ぐ歩いてきたんで、良い加減厭きてきたんですよね...(^^;)ハハハ。
ここで、ようやく右へ曲がります(笑)
大森日赤前のバス停がある信号の所で、路面にタイル装飾を施した狭い道と交差する。もう少し先をいまの池上通りが並行しているが、こちらが旧道だ。
と書かれた池上道、旧池上街道に入ります。
曲がると早速古い商家が見えてきます。
でもここまで古い家屋はここくらい...(^^;)ハハハ。
『いにしえの東海道』と刻まれた石柱も見えてきました。
商店の筋はやがて途切れて住宅街の風情になるけれど、
の通り、臼田坂を曲がったあたりだけ商店が連なっており、すぐ住宅地になってしまいます。
そんな中に、
時折ぽつんと古い石屋があったり、
洋服屋が現れたりするのが旧街道らしい。
公園のところにも『いにしえの東海道』の石柱が。
コロナ自粛で運動不足なのか、若人が何人か体操をして身体をほぐしておりました。
通り沿いに蔦が絡まりすぎて、もはや蔦に支配されているかのような住居がっ!?
西の方に向かって旧池上街道を歩いているわけですが、横道の北西の方角には所々本門寺の山が見え隠れしています。
やがて、吞川にさしかかります。
本門寺の山が吞川に架かる小橋のところでグッと大きく視界に広がった
ちょっと吞川沿いに進んでみると、対岸には寺町のような光景が広がります。
また池上道に戻るとまた古そうな精米屋さん。
本門寺へ向かう道との交差点にあるのが、
しばらく進むと、年季の入った方形屋根に出桁造りの軒を見せた酒屋のつじに出くわす。
と書かれた萬屋酒店さん。
交差点のここの一角だけ時が止まっているかのような佇まい。
もうないんだろうなぁ〜と期待してなかったんですが、
軒下に置かれた古いポンプ井戸も来るたびに眺めて、ホッとした心地になる。
と書かれた古井戸のポンプも健在でした。
この辻から本門寺の方へ右折、そのままあの此経難持坂という96段の石段を上れば境内だが、今回は本門寺には寄らず、左手にくねりと続いていく道を進む。
の通りに従って、ここの交差点を右折して本門寺の方へ歩を進めます。
道中のソメイヨシノ。
本門寺山門が見えてきました。
山門をくぐると目の前には『此経難持坂という96段の石段』。
でも、今回は上がりません(笑)
本門寺には寄らずに左手にくねると続いていく道を進みます。
道の右側には山を背にして小寺が並ぶ、どことなく京都の素朴な寺町に来たような気分になる好みのルートだ。
と書かれている通り、この左手にくねりと続いている道には塔頭が建ち並んでいます。
すると、さっそく右手には南之院。
その並びには西之院とか。
一番奥には實相寺。
實相寺を越えると、今回のルートの最終地点池上梅園が見えてきます。
といっても、もはや桜も舞い散り始めた3月下旬。
梅の香の残り香すらもございません...(^^;)ハハハ。
来年は梅の季節に訪れたいですな。
そんなナニもない池上梅園を後にして、第二京浜を北上します。
帰りは都営浅草線西馬込駅から五反田に出て、山手線で池袋に戻りました。
まぁ、この時節どこもかしこもコロナ禍で不特定多数が集まる場所は閉鎖されてしまってますが、またこの災いが収まった頃合いに訪れて見ることになりそうです。
特に馬込文士村徘徊はそれはそれで面白そうだし!!
【22 龍子の屋敷から池上梅園へ・・・池上道(旧池上街道)】
中央公論新社
売り上げランキング: 83,358