今から三年前の2019年7月にスタートした思いつき企画の偽『東京いい道、しぶい道』。
学生時代に読み漁った泉麻人氏の『東京いい道、しぶい道』に掲載された街道をとりあえず撮り歩いてみようかな?というだけの思いつきでした...(^^;)ハハハ。
ちょうど時代は30年続いた平成から令和に切り替わり、その時代の変わり目で突然昭和の残滓に思いを馳せるようなことを経験したこともあり、昔ながらの街並みや街道に興味を持ったのがキッカケでした。
とりあえずご近所から始めたこの散歩も途中コロナ禍で間が空いたこともありましたが、なんだかんだと3年かけて全街道を踏破!
歩ききったところで、各エリアごとに今一度振り返りと終わりにエリアNo.1のおすすめの街道発表でございます!
お城の東西南北23区内を踏破してもなお!?振り返りの最後の最後は最後に残った遠方の多摩エリアでございます!!
目次
35.新緑の三鷹ケヤキ道・・・人見街道(前編)
多摩エリアの最初に向かったのは三鷹駅。
昔懐かしき街ですが、駅前からバスに乗って野崎バス停へ。
武蔵境通りから西へ延びる人見街道に入っていくと、もぉ〜武蔵野台地の長閑な雰囲気。城西エリアの街道でも長閑さを感じましたが、23区を越えるとまさに長閑(笑)
名高いケヤキ並木に、そこかしこに名主であった吉野家邸宅が建ち並ぶ光景に、郷での名主の威勢を感じます...(^^;)ハハハ。
道中、歴史文化遺産な昭和の文化住宅が立ち並んでいてテンション上がりましたが、期待していた火の見やぐらは老朽化により解体されており...(T^T)涙。
切り通しの大地を下るとその先にはっ!?
この感動は後編に続きます(笑)
36.野川べりの水車小屋・・・人見街道(後編)
ということで、切り通しを通り過ぎた先で目の前に広がっていたのは、長閑な野川に大沢の里。
ここはいったい都内なんだろうか?と目の前の景色を疑ってしまうほどの里山の景色が広がります。
江戸の文化10年(1813年)頃の水車小屋の中にはしんぐるま。今でも米の精米や小麦粉の精米で水車を廻しているそうです。
この大沢の里にはほたるや山葵田といった清流が流れ、山の中には出山横穴墓群。
まるで里山テーマパーク?といったスポットなのでした。
その後は新撰組組長近藤勇ゆかりの龍源寺やら生家跡に天然理心流道場撥雲館といった歴女も楽しめる街道でございます。
その先は多磨霊園まで向かうのですが、久々に見るべきポイント満載なのでした。
37.多摩の隠れ里・小野路へ・・・鎌倉街道・小野路宿通り(前編)
『隠れ里』やら『鎌倉街道』に惹かれて向かったのは多摩川を越えた鶴川駅。
そこからさらに15分ほどバスに乗り五反田バス停へ。
思えば遠くへきたもんだぁ〜と思わず口ずさんでしまうほど、一番時間をかけてスタート地点に辿り着きました(笑)
ここから先は、これまでの偽『東京いい道、しぶい道』とは景色からして全く異なり、街ブラではなく、これハイキング?いや登山なの??というくらい、予想外の展開でした。
まずは農村伝道神学校を目指して野津田公園に入り込んだらiPhoneの電源が突然堕ち、Googleマップがないと方向が音痴過ぎるボクはどこに進むこともできないほどの輩なのに、見知らぬ土地で山の中で、このまま遭難するのだろうか?という恐怖に苛まれつつ、人生に絶望しながら歩を進めているうちにiPhoneが復活して、無事に小野路宿に辿り着いたという、なかなかの経験をさせていただきました...(^^;)ハハハ。
38.多摩の隠れ里・小野路へ・・・鎌倉街道・小野路宿通り(後編)
そんな遭難を仕掛けながらも這々の体で辿り着いた小野路宿。
小野路宿通り沿いの小野路宿里山交流館やら小野神社の辺りでキャッキャしていた頃は、まだこれから先に待ち受けている苦悩など思いもしなかったのです。
本書に書かれた通り『ちょっと歩いてみたい』と軽い気持ちで、小野神社脇の山道らしき道に入り込んで間もなく、あ゛っ!?なんか登山になってるっ!?と気がついたのでした...(^^;)ハハハ。
六地蔵を拝んで先に進むと、突然切り開かれた山の間の広場のような所には『マムシ注意!?』...(^^;)ハハハ。
本書のスポットに書かれた小野城趾を目指している内にどんどん山の奥へを導かれ、鎌倉時代に切り開かれた切り通しに鎌倉武士の面影を感じるような余裕も無くなり、辿り着いた先はバイオトイレ(笑)
いやぁ〜恐るべし多摩丘陵!というか、ここに足を踏み入れるなら、ちゃんとトレッキング装備で向かうべきだと思います(笑)
39.へー、こんな街道あるのだ・・・鈴木街道
さてさて、ついに偽『東京いい道、しぶい道』の振り返りも最後の最後になってしまいました。
最後の街道は多摩エリアで再び三鷹駅へ向かいます。
前回は南口、今回は北口。ちなみに三鷹駅の北口って初めて降りたかもしれない。
三鷹駅北口からは武蔵野大学行きのバスで武蔵野大学前バス停へ。
今回の鈴木街道は武蔵野大学キャンパス沿いに通っているのです。
キャンパスの縁を進むとなんの変哲も無いただの生活動線が続きます。このシリーズの中でも格段にしぶい道(笑)
明治33年創業の魚屋さんを通り過ぎ、武蔵境通りを越えると本書にある通りここから先の鈴木街道には延々と広い敷地の植木屋さんが点々と存在します。
まるで植木屋三通り...(^^;)ハハハ。
とにかく23区内と異なる広大な敷地が広がるには理由もあって、戦時下にはこの辺りは中島飛行機の工場やら軍需工場の拠点だったということのようで。
その先にはここも広大な小金井公園が拡がり、いやぁ〜ほんとただただ多摩な景色だなぁ〜しぶいなぁ〜と思いながら歩みを進めていると鈴木街道沿いにも昭和な文化住宅が建ち並ぶ区域が所々に存在し、今もなおけっこう住んでる方がいらっしゃるようでテンションが高まりました(笑)
ゴール地点には街道の名前にもなっていて、江戸享保の時代にこの辺一帯の新田開発で名をなした鈴木利左衛門の家の菩提寺宝珠院に鈴木稲荷神社。
結局3年越しで39本の街道を踏破した感謝を込めて参拝して、無事に本シリーズも完結と相成りましてございますm(._.)m
そんなこんなな想定外の事態に会いまくりな多摩エリアでしたが、この4本の街道の中でおすすめの1本というとっ!?
都内で里山気分が充分に味わえる人見街道(後編)です!!
【Ⅴ多摩エリア】
中央公論新社
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