月並みな言葉で言ってしまうと、万城目学の新境地!?
という物語である。
本書の舞台は京都でも奈良でも大阪でもなく、当然のことながらホルモーも鹿男もトヨトミのお姫様も出てこない。
これまでの著者の作風がどちらかというと現実と想像の世界が奇妙に折り重なった舞台で、奇想天外、奇妙なキャラクターが織りなす喜劇的要素が強かったのに対して、本書の舞台は中国の古典である。
しかも、中国古典の主人公の物語では無く、脇役として登場しているキャラクターが主役を張った今風に言うとスピンオフ作品ということになる。
本書に綴られた物語は以下の五編。
- 悟浄出立
- 趙雲西行
- 虞姫寂静
- 法家孤憤
- 父司馬遷
西遊記の悟空ではなく、第三者的に傍観者の沙悟浄。
三国志の桃園の誓いを結んだ劉備、関羽、張飛に次ぐ立ち位置の趙雲。
項羽と劉邦の両雄ではなく、項羽最後の四面楚歌の場面における虞美人。
法による中華統一を図る秦王暗殺を謀った荊軻と同音名を持つ京科。
後に『史記』の作者として歴史に名を残す前の、宮刑を命じられた父司馬遷の娘、榮。
どれもこれもが静かにしかしふつふつと熱情が滲み出てきそうなところで物語がいったん幕を引く感じだ。
短編ということがあるからかもしれないが、このあるシーンを切り取った1枚の写真が語りかけてくるような物語というモノが、レイモンド・カーヴァーの短編を読んでいるときのような気分になった。
けして名を知られるような主人公ではない人々にも、それぞれが自分の物語の主人公であるべく生きている姿が、静かで悲しくはあれど清々しい。