梅雨に入る前の御陽気な季節にできるだけイケるところには行ってしまおうと、ここのところ写真展詣でが喧しいですが、今週末は渋谷PARCO GALLERY Xで開催中のハービー・山口氏の写真展『なんとかなるさ』を鑑賞です!
開催中といってもすでに終了間際で、最終日は明日(5/29)とのことでございます。
コロナ明け後に渋谷に降りたのは初めてだったんですが、スクランブル交差点とかエラいことになってますね!?
ただでさえ若人で賑わっているのに加えて、欧米系、ヒスパニック系、東南アジア、中国、韓国ありとあらゆる地域からの観光客が押し寄せていて、スクランブル交差点で信号が青になるとともに観光客はほぼほぼササッと自撮り棒を掲げてスマホの画面を見ながらトボトボ歩くモンだから、それがあちこちで壁のように立ち塞がって思うように交差点を渡れないこと...(^^;)ハハハ。
まぁ、そんな状況に人酔いしそうになりながらセンター街やら井之頭通りをフラフラ歩いて渋谷PARCOについたわけですが、B1いうても広いし、そもそも渋谷PARCOが改装されてから入ったことないし、昔の面影なんか全然ないじゃんっ!?
というくらいに変わってるし、そもそもB1で食堂街じゃん??こんなところにギャラリーなんてあんのかいっ!?
と誰にこの葛藤をぶちまければいいのかも解らず彷徨っていると奥の方にございましたよGALLERY Xさん。
さすが渋谷PARCOの中だけあって、入口からして格好いぃ〜じゃございませんかっ!
入口で入館料500円をお支払いして入ります。
再入場は出来ないということなので気をつけましょう!
すると早速ハービー・山口さんご本人が在廊されていらっしゃるではございませんかっ!?
ハービーさんらしいなぁ〜と思ったのは、海外の方を相手に一つ一つ作品を解説していらっしゃいました。
ギャラリー内は作品の近接撮影はNGですが、会場の雰囲気の撮影することはOKということなので、何枚かパ写リ。
今回の展示は2枚の作品を並べて展示しているところに特徴があるようですね。
というのもこの2枚の作品は敢えて連作として撮ったモノでは無く、ハービーさんの過去から現在の作品の中から同じようなシチュエーション、関係性のモノを選んでならべているのだそう。
『過去』と『現在』、そして『海外』と『国内』。
まさに時間と空間を越えた2枚の作品が出会ってさらにまた一つの作品として調和しているんですよね。
それ以外にもハービーさんの有名な作品も所々に散りばめられています。
ハービーさんご本人で隠れちゃってますが、こちらは東日本大震災後に現地で出会った男性の写真で、彼がセックスピストルズのTシャツを着ていて、その時ハービーさんが『ロンドンでジョニー・ロットンを撮ったことがあるよ』という話を当時彼にしたコトを受けて、彼の隣にそのジョニーロットンの写真が並べてあったり。
その右とさらに右の3枚の写真はクラッシュのジョー・ストラマーで、ハービーさんとジョー・ストラマーの出会いといえばもう有名なお話ですよね。
その時の地下鉄のストラマーの写真が観られて感動でした...(-人-)合掌。
そんなこんなで今回の戦利品はこんな感じ。
毎回写真展でなにか仕入れてくる度にトートバッグが増えていってますが、トートバッグに作品集とチラシです。
トートバッグには今回の写真展のメインビジュアルがプリントされてます。
日本語のタイトル『なんとかなるさ』ではなく、英文で『We will be alright!』がメインビジュアルの上下に被さるように印字されています。
そして、ハービーさんの新作の作品集。
音楽のアーチストとの関係が幅広く深いハービーさんならではのLP仕様の仕上がりになっています。
物販コーナーでこれを見かけて、帯のところに昔懐かしい『ライナーノーツ』とか書かれているのを見て、最初LP持ち帰ってももうレコード聴けるステレオ持ってないしなぁ〜普通の作品集無いのかなぁ〜とレジの人に確認してしまいました...(^^;)ハハハ。
中にはホントに昭和のLP版の中身のように赤いライナーノーツと白い作品集の二つがディスクカバーに収まってます(笑)
今の配信世代には思いもよらないだろうけど、昔のLPやCDといったアルバムにはそれを紹介する音楽ライターが書いたライナーノーツや歌詞がプリントされたものが収まっていたモノなのです。
作品そのものを聴くのはもちろんのこと、このライナーノーツを読み込むことに歓びを見いだす輩でもございました...(遠い目)。
中は展示と同様に時間と空間を超越した2枚の作品がペアで収まっています。
残念だったのは、あのジョー・ストラマー単体で展示されていた作品は収まって無かったですね...(^^;)ハハハ。
基本的に自分自身はポートレイトは撮らないんですが、ハービーさんの写真には強く惹かれるモノがあります。
自分がコミュニケーション取りながら写真を撮る勇気が無いので、憧れている面もあるとは思うんですが、ハービーさんの写すポートレイトはその人そのものだけが写し取られているのではなく、ハービーさんと被写体の関係性までもが写し取られているような気がして、だからこそあまり時代性や空間を意識すること無く、いつ観ても『今』を感じられるんじゃないかなぁ〜。
そんなことを思いながらハービーさんの写真集を観ていると、いつもそんなんボクには無理だ!と思うのです(笑)